小規模開発ベンチャーが利益を生む知財活用を実現できた理由(ART&TECH株式会社のケース)

(1)奥が深い樹脂と繊維の複合技術

ART&TECH(株)は、樹脂素材の表層加飾技術開発ベンチャーとしてスタートした。いわゆるファブレスであり、自社工場を保有していない。従業員10名以内の小規模企業である。同社は、本木突板やテキスタイル等の本物素材を表層加飾する技術を発明した。SOLIDUX(ソリダックス※1)は、射出成形時にポリエステル不織布を接合媒体として表層材と射出された溶融樹脂を接合させる技術である。不織布に含侵したPVB樹脂の被膜形成により 溶融樹脂の表層への浸透を遮断し本物素材の加飾成形が可能になる。表層材にポリエステル不織布を接着したSOLIDUXシートにおいて、接合層は樹脂(PVB樹脂)と繊維(ポリエステル不織布)の複合材料である。SOLIDUXシートは、内蔵されたポリエステル不織布により、射出成形時に形状の安定しない樹脂の欠点を解消した繊維強化素材とも言える。

SOLIDUXは、一見単純に見えて奥が深い。射出成形に同一の樹脂成型機を使って製造するが 現状行われているフィルムインサート成形技術とは別次元の技術であり、樹脂成形の常識は通用しない。その分野の大学教授でも複合層の挙動を説明しきれない。この樹脂と繊維の複合技術がART&TECH社の技術の基礎を形成している。表層材にポリエステル不織布を接着したSOLIDUXシートはプレフォーミング加工により3D形状に熱プレス加工が可能であり、例えばスマートフォンの筐体に加飾部材として使われている。その用途で、2017年にドイツのiF Design Forum InternationalからGOLD AWARD(※2)を受賞した。

SOLIDUXの応用されたスマートフォンの筐体

近年開発されたECOLUXシート(ポリプロピレン繊維強化樹脂シート)の積層構造体はシートの積層内部で位置ずれが生じず形状安定性が極めて優れていることが明らかとなってきた。この積層構造体は、SOLIDUXの派生技術により生成できる。「形状安定性」は学術的には注目されにくいが、歩留まり良く効率の高い量産体制を確立したい製品メーカーにとってはインパクトの大きい特性である。ECOLUXに電子モジュール等を内蔵することにより軽量で安定した形状の電子部材の製造が可能である。このような電子部材を内蔵した筐体は時代の要求とも言え、大きな需要がある。ART&TECH社は、「形状安定性」を活かして積層構造に導線や回路部材を埋設し、軽量で丈夫な回路埋設品を量産したいという需要に応えている。さらにECOLUXシートは、埋設物無しのそれのみでも軽量かつ高強度な繊維強化樹脂シートとして多様な分野へ応用可能である。

SOLIDUXとECOLUXの組合せ技術は大きな付加価値を生むことが予測され、この技術は、SOLIDUX Plus(※3)と名付けられている。導線や回路部材が埋設されたECOLUXシートはプリフォームとして成形、加工され、部品として最終的な製品に組み込まれる。また、繊維強化樹脂のプリフォームとしても提供可能である。現在、取り組んでいる用途の製品には、ワイヤーハーネス、各種ヒーター、大型部材、建材、が挙げられる。

SOLIDUX Plusのインサート成形品

 

(2)ART&TECH社の強み

渡邊代表は、創業に当たって開発経験の豊富な城野氏を誘いART&TECH社を立ち上げた。城野氏は、渡邊代表のアイデアを実現すべく、主に試作現場を取り仕切り、技術情報を検証している。地道に検証を積み上げられた技術力が裏付けとなり各用途の具体的なイメージを顧客企業に提案していく提案力にもつながっている。

ART&TECH社にとって技術力や提案力は欠かせない強みではある。しかし、同社の強みはそれだけではない。渡邊代表は、大手合成繊維・合成樹脂メーカーで、樹脂および繊維の両方の分野に在籍し新製品の事業を成功させた経歴を持つ。そこで蓄積された人脈を生かし、優れた特徴をもつ企業に声をかけシートの試作または量産を支える社外の仲間作りを進めてきた。特に株式会社ヨシオカには、量産に欠かせない熱プレス加工のノウハウがある。優秀な社外の製造支援チームに支えられた量産あるいは量産向けの試作の実行力もART&TECH社の強みの一つである。特許公報を見れば他社でも似たようなシートはできるかもしれない。しかし、量産を前提とした製造となればそう簡単ではないのである。

 

(3)かつての悪戦苦闘

独自の強みをもつART&TECH社であるが、創業からここまでずっと順風満帆だったわけではない。特に知財面では、当初、望んだ状況には程遠かった。潤沢な資金も無く、十分な技術力が確立されていなかった創業期には、他社に事業を邪魔されないようにするだけで精一杯であった。特許の取得までは行なわずに発明を公開し、他社が特許を取得するのを防止するいわゆる防衛出願を当時は多数行っている。

また、有望な技術についても大手企業と共同で新たな技術を開発せざるを得ない場面もあった。せっかく新しい有用な発明がなされても、契約により特許権が大手企業との共有(※4)となることもあった。共有者の大手企業は単独で発明を実施できるため、製造販売の利益は基本的に分配されない。共同開発の現場では、力関係によって一方に有利な契約が結ばれ、苦心して生み出した成果が他社のものになるということはしばしば起こりうる。

ECOLUXシートを中間材に用いたとき、製品への応用可能性は多様な分野へ広がっている。例えば、モジュールごと回路を成形品に埋設して筐体を作れば、成形後の回路の設置工程が不要になり、製品の不具合も著しく低減できる。多分野の製品への展開が実現できればECOLUXシートの製造に弾みがつく。ところが、実際には特定の一社との契約が足かせとなってその他分野への応用が制限されることもあった。顧客の製品への応用を提案することが前提となる事業の性格上、他分野への展開が制限されると手痛い機会損失となってしまう。

上記のような厳しい時期を乗り越え、最近では技術を提案できる力が成長し、ART&TECH社に交渉力が付いてきた。そして、単独で基本特許を取得できる段階に至り、同社のビジネスモデルとそれを実現するための知財戦略を構築する道筋が見え始めた。そもそもファブレスの開発企業が利益を確保するのに特許は欠かせない交渉ツールである。特許を取得し、そのことに改めて気づかされた。

 

(4)利益を生む知財活用とは?

(a)製品メーカーとの契約

ART&TECH社の基本的なビジネスモデルはこうである。まず、社外の製造支援チームを束ねる企業としてSOLIDUX社を設立し、注文を受けてSOLIDUXシート、ECOLUXシート及びプレフォーミング品(いずれも中間材)を提供できる受注生産体制を確立させる。そして、ART&TECH社は、技術開発や知的財産の運用を行い、SOLIDUX社は、中間材を提供し、役割を分担する。

例えば、SOLIDUX社は注文を受け、独占的に中間材を製造し、製品メーカーに提供する。製品メーカーは、属する分野の範囲内で独占的に中間材を応用した製品を製造販売する。ART&TECH社は、中間材を応用した製品の販売を、各分野の製品メーカーに独占させ、分野を超えた実施は許容してもらう。多数の分野でこの状況が生まれることで、ART&TECH社の利益は掛け算で増える。

他分野への中間材の提供

この戦略を実施するためには、基本特許をART&TECH社が単独保有することが前提となる。その上で、応用特許については製品メーカーとの間で権利を共有する。それによって、製品メーカーとの関係を強めながら、製品メーカーには特許権者として製品を独占的に販売し、応用特許を活用してもらえる。ここでは、基本特許は、対象となる中間材を権利範囲に含む広い権利の特許を指し、応用特許は、その中間材を応用した各製品を権利範囲に含む狭い権利の特許を指す。

基本特許と応用特許の権利範囲

各製品メーカーが独占できる領域を応用特許の範囲に絞ることで、ART&TECH社はすでに取引のある製品メーカーが属する分野以外の分野への中間材を提供しようとする際にその製品メーカーから干渉されない。一方、競合他社を牽制し、場合によっては警告状を送るようなポリスファンクションは、製品市場ごとに製品メーカーが行う方が効率がよい。これはオープンクローズ戦略(※5)の一種と言える。上記のビジネスモデルとそれを支える知財戦略は、取引先の製品メーカーとの関係性の強さ、中間材のビジネスの特徴やART&TECH社の強みの維持などを考慮した上で、最もバランスが取れており、理想的である。したがって、この形を基本パターンと位置付けている。

基本パターン:製品メーカーとの特許権の共有

(b)部品メーカーとの契約

部品メーカーと協働して中間材を用いて作製した部品を製品メーカーに持ち込む場合にも、応用特許の特許権の共有が活かされる。部品メーカーは、独特な技術を盛り込んだ部品を客先に提案したいと考えている。知財に対して要求の厳しい客先は、取引前に他社の特許権を侵害していないことを確認するクリアランスだけでなく、特許出願の手当てがなされていることを求めることも多い。部品メーカーが何らかの特許権を保有していれば取引が有利に進むのは間違いなく、ART&TECH社の応用特許を共有する戦略が活かされる。

変形パターン1:部品メーカーとの特許権の共有

(c)SOLIDUXシートを提供しない場合

ART&TECH社は、事情に応じて基本特許のライセンスと技術指導により製品メーカーが中間材から内製することも許容している。本音を言えば、中間材の製造には他社には模倣困難な重要なノウハウが含まれるので、なるべくSOLIDUX社が行いたい。ただし、その分野にのみ適用可能な特殊な技術が使われるという条件が満たされるなら、中間材製造の技術指導も許容できる。その場合、製品メーカーに独占的な実施権を許諾するか、専用実施権を設定する方法がありうる(変形パターン2-1)。

変形パターン2-1:許諾契約のみ

また、応用特許を単独で出願しておき、持分を譲渡する方法も考えられる(変形パターン2-2)。いずれもSOLIDUX社が中間材を提供しないので、その分高めの金額でライセンスまたは売却を契約する。

変形パターン2-2:持分譲渡のみ

なお、分野によっては、特定の製品メーカーに絞らず、複数の製品メーカーと取引する場合もあり、その場合には、特許を共有にせず単に中間材を提供するだけのこともある。ART&TECH社は、状況に応じて柔軟に見直せる知財戦略を採っている。

(c)着々と実行される知財活用

こうした知財戦略を確実に実行するためには、素早い特許出願や、共同開発契約に臨む際の自社のポリシーの確立が必要である。ART&TECH社は、毎年、各テーマのスケジュールを立てて、事業展開に応じて優先順位をつけて特許出願に取り組んでいる。また、共同開発契約のポリシーを持ち、①締結先に応じて製品や目的を絞り、提供する中間材の応用範囲が制限されないこと、②成果は発明者主義で帰属し、固有の知財を無断で使用されないこと、を重視し、起案あるいは修正の申し入れを行っている。

知財戦略の策定にあたっては、特許庁中小企業庁公正取引委員会の資料(※6)も参照した。渡邊代表は、かねてから日本企業のイノベーションを活性化させるためには中小企業が保有する独自技術がリスペクトされ、活かされることが重要であると考えてきた。行政庁の資料に触れて、その考え方が間違ってなかったことを実感している。なお、知財戦略の立案や実行は2021年から弊所がサポートしており、現在、基本特許が順調に成立し、知財戦略が大きく進み始めたところである(白川洋一)。

 

(参照情報)

※1 SOLIDUX

“https://www.at-tech.co.jp/solidux/”

※2 NuAns NEOページ「Design Excellence」

https://ifdesign.com/en/winner-ranking/project/nuans-neo/201193

※3SOLIDUX Plus

“https://www.at-tech.co.jp/solidux_plus/”

※4 共同出願特許の 権利範囲の落とし穴

https://www.chugoku.meti.go.jp/ip/doc/text_no54.pdf

※5 オープン&クローズ戦略

https://faq.inpit.go.jp/content/tradesecret/files/100578260.pdf

※6 特許庁 OIモデル契約書ver2.0解説パンフレット(新素材編)(2023年5月改訂)

https://www.jpo.go.jp/support/general/open-innovation-portal/document/index/startup-pamphlet-ma-a4.pdf

中小企業庁 知的財産取引に関するガイドライン・契約書のひな形について

https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/chizai_guideline.html

公正取引委員会 (令和元年6月14日)製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/190614.html

 

 

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